2005年03月20日

ピカソ展

ピカソって言ってもたけしの誰ピカじゃありません。
誰ピカに出てた姿月さんの話はまた別に語るとして。


Pablo Diego José Francisco de Paula Juan Nepomuceno
Crispín Crispiniano de la Santísima Trinidad
Ruiz Blasco Picasso y López
(パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・フアン・
 ネポムセーノ・マリア・デ・ロス・レメディオス・シブリアーノ・
 センティシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソ)

のことです。(…ながっ(*o*)


ピカソというと、あのキュビズム様式などのせいか、
理解できないとか、見てもよく分からないから
興味ないっていう人も結構いるんじゃないかと思います。

でも、私は芸術っていうのは分かる・分からないとか
ここがこうなってて、こういう所があるから素晴らしいとか、
そういうのとは違うんじゃないか、という気がします。

私は、芸術とか美術というものは理解するものではなく、
何でもいいから何かを感じることにあると思うのです。

芸術において理屈というものは、あくまで直感を説明する1つの方法に
過ぎないと思うのです。

実際、ピカソが天才といわれる技術を持っていたとしても
どこがどうすごいのか、本当のところ私には芸大生でもないので
よくわかりません。

でも、今回の展示を見て
ピカソは本当にジャクリーヌを愛していたんだろうな
とは思いました。
(また『愛』かよって突っ込みはこの際放っといて下さい。)

ジャクリーヌの顔も例のごとく目があらぬ方向についてたり
鼻の穴が2つ妙な方向に並んで見えてたりしましたが、
それでもなぜか第一印象が「美しい人」と思えたんです。

他にもピカソの絵はそのものの原型をあまりとどめていないのに
なぜか立体的に見えるというか、
何を表したかったのか感じさせるということに驚きました。

中には全部一筆書きで書いた遊び半分のスケッチのようなものも
ありましたが、それも何となくどういう状況なのか
雰囲気がただよっていて。

色使いもすごいなと思いました。
普通、顔の色といえば白〜橙〜褐色が相場ですが
何か不安を思い起こさせる暗緑色が使われていたり
硬質な青色が使われていたり。
背景の色と合わせて何か圧倒されるものを感じたり。


ルネサンス期の芸術家が従来の格式を取り去って生身の人間を描き、
印象派が従来の物の輪郭を取り去って色と光の洪水を描いたとすれば
ピカソは実際の物の形式的概念の輪郭を取り去って
そこに物の内面を描き込んだ人

国語力ないんで、こんな拙い言葉しか出てきませんが、
そんな気がしました。


私自身は、絵の作品解説や評価というものを読むのは
あまり好きではありません。
本人がこういうつもりで描いたというのであればまだともかく、
他者の解釈はあくまでも憶測にすぎませんから。

解説者がこの時この人はこう考えていたはずだと推測しても
実は何気なくそう描いただけだったり
むしろ実はこのたった1つの点をどこにおくかで悩んでたのに…とか
本当のところ本人に直接聞いてみないと分からないと思うんです。
(…私自身がよくそういう経験しているせいもありますが。。)

だったらむしろ、作者が何が言いたかったのかをあれこれ考えるよりも
ひとまず見てみて、何かよく分からないけど何かを感じるということ、
それが重要な気がするのです。

自分のことをより知って欲しいと思っている作者にとっては
私みたいなのは少々自分勝手な受け手かも知れません。

でも、直接会うこともなく確認する手段も無い相手なら
間違って理解するよりも、作品から何かを感じ、
ただ純粋に感動することの方がいいんじゃないかと思うんです。

解説にはこう書いてあるけど、私にはわからないって人は
そんな見方もアリなんじゃないでしょうか…。
posted by Katie at 22:10| Comment(108) | TrackBack(0) | 絵画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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